加賀友禅は、江戸元禄の頃、宮崎友禅斎より始められたと言われています。しかし、前田利家の入城前、桃山時代から江戸初期にかけて、加賀にはすでに200軒の紺屋があったと言われています。当時は、藍染を主とした紺屋、紅や茜を主とした茜屋があり、加賀のお国染めとして種々の染色がなされていました。その後それらの染色技法に、色絵、色絵紋の技法が加わり、加賀藩の文化振興政策の庇護のもと、加賀友禅が大きく開化していきました。
江戸時代中期から後期にかけて、加賀友禅も数々の名品が作られ、今日なおその精華が現代の加賀友禅に引き継がれています。
加賀友禅の歴史は、江戸前期・中期の江戸時代の加賀友禅、江戸後期から、明治、大正時代へと続く、近代の加賀友禅。それに戦前・戦後から現在に至る現代の加賀友禅と、大きく三つの時代に分かれているようです。 |
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加賀友禅 色留袖
奥原一就 作
『雅 宴』 |